Mind


集中を言語化してみた

2018年12月5日

集中しているときの状態を言語化してみた(ここでは事故やイレギュラー等の突発的な集中ではなく、意識的に集中に持っていくことを記す)
※あくまで個人の見解。

 

・まず、自分の内側が皮膚から下という認識では感覚的になくなる。皮膚から上の空間にも神経が行き届いて感じれるように感じる(おそらく空間把握能力などと呼ばれるようなところ、少しスピリチュアルな感じで言えばオーラ)

 

・心技体を整えること。

まずは体が土台となる。土台がなければ上に積み重ねることができない。強く、演技に耐えられる体、演技を余裕に感じる体をまず持つことが第一。


次に技術。しっくりくるまで技術確認は入念に行う。ただし落とし穴として、過ぎることのないようにする(整えた体が疲れてピーキングができなかったということを避けるため)


体の調子を整え、技術を整える、ここまでくると心は勝手に上がってくる。ただし心が上がるには常日頃何を求めているかが重要となる。日常で、練習で、求めた演技が、またはこのようにしたいというものが何なのか明確にしておく必要があり、これがなければいくら体と技術を整えても心は上がってこない(集中が霧散してしまう)

 

・頭が冴えてきて奥の方がチカチカしてくる。心拍数が程よく上がっている(上がり過ぎれば腹式呼吸で下げる)

 

・ストレッチ、トレーニング等が毎回同じであり(演技に入るまでのトレーニングに関してのこと)、ルーティン化されていて、体を動かし始める時の気持ちはさほど関係がなく、ルーティンを行なっていく中で徐々に体の内側、状態と向き合う自分になってくる(体と向き合って体調を感じていくので、なるべく外部の雑音を聞こえないように工夫する)

 

・普段の亀山耕平として舞台に立つと気後れするから、舞台用の自分としてあん馬のスペシャリスト亀山耕平として物事を考え、感じることにしている。不安や恐怖が襲ってきた時は、戦え、逃げるな、と自分に言い聞かせる(基本的に緊張は扱わない、扱ったとしても練習の段階でクリアにしておく、そして逃げずに来たかと受け止めることを心がける)

 

・試合(集中)の準備として、試合を事細かに自分の感覚と照らし合わせる(環境、相手、体調、心理に試合を細分化し、情動がどのように変化するか事細かにイメージすることをなるべく早い段階でやっておき、そこから汲み取った情報を練習に落とし込む。また細分化して調べることにより、自分の原則的な心の傾向がみえてくる。私の場合は、外部ストレスが心理的に緊張感をもたらす等)

 

・イメージは軽く触れる程度にせず、頑張って引き出さなければ実用的ではないと感じる。気にするところは運動中の目線、触感、明るさ、どんな音、リズム等をリアルに感じる。出来るだけ事細かに、詳細に。
ここは頑張らねばならないところ、能く能く吟味していくこと。

 

・周りに惑わされるな、緊張するな、思いっきりいけ等、試合直前のそれらの助言は具体的に影響できない。
作り上げたものが全てとなるので影響させるのは難しい。現に、試合前の印象的な一言をあげてと言われたら、何も覚えていない。事前の準備がほぼ全てとなる。「ほぼ」という遊びをあえて使うのは、最後に大事な部分が含まれているから。それは気楽な気持ちを持つことだ。

 

これは人の特性で分かれると思うが、私は考え過ぎることと、覚悟に時間がかかるタイプだから、頭が固くなっていく。固いと思考の遊びが効かなくなる。

 

遊びを普段から作っておかなければならない。遊びは体操の道とは別の道にある(俯瞰すれば同じ道)


イベントを主催すること、人との出会い、自分の行動が自分で信じられるような目的で動くこと、一言でいえば社会的活動。そこに私は体操の集中に関わる「ほぼ」の部分の遊びがあると思っている。

 

なぜなら、世界はこれだけ(体操)ではない(だがこれしかやってないし、これに懸けていると思っている)、という楽観的なものの見方が他の道を知ることで形成されると思っているからだ。

 

数年、競技の本当の楽しさがわからなかったが、ここ半年くらいでようやく気づいた。

 

それは日常で感じられない、試合等で味わう「緊張感」「自分のすごいところをを引き出して戦うこと」だと今は感じている。